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ひいばあちゃんとの思い出は、薪で焼いた、美味しいミカン。

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幼かったから…なのか、ひいばあちゃん(曾祖母)との思い出は、ミカンを焼いてくれたことだけです。

こんなにお手軽な方法で、ひいばあちゃんの焼ミカンが再現できるとは、思いもよりませんでした。

50年近く経ってやっと、再び出会えたひいばあちゃんの焼ミカン

だらに

五十肩になったことが、「怪我の功名」となりました。

もくじ

薪のお風呂の焚き口にミカン

その時どんな会話をしたのかは思い出せませんが、お風呂の焚き口で薪をくべながら、ひいばあちゃんがミカンを焼いてくれました。

二人でちょこんと座って、薪の火を眺めながら、ミカンが焼けるのを待ちました。

その頃はまだ、人懐っこい子どもだった私が、こんな風に話しかけたんだと思います。

幼少期のだらに

なにしているの~?

「ミカンを焼いている。」そう言われて、きっと私は驚いたでしょう。

その頃の私は、ミカンを焼くなんて知らなかったはず、ですから。

だから二人で、ミカンが焼けるのを待っていたんだと思います。

だらに

その光景を記憶しています。

そして、その時もらって食べた焼ミカンが忘れられないほど…まさに一生の思い出になるほどに、美味しい焼ミカンだったんですよね。

焼ミカンの味に感動したから、ひいばあちゃんを覚えていると言っても過言ではないような…。

だらに

味の記憶は強力ですね。

小学生には難しかった、焼ミカンの再現

母は焼ミカンが好きではなかったのでしょう、積極的に焼ミカンの再現に、協力してはくれませんでした。

小学生の私はミカンを石油ストーブの上で焼いたり、こたつの中で温めたりして、あの味の再現を試みました。

しかし、あの味の再現は、ついぞ叶いませんでした。

幼少期のだらに

薪で焼かないとダメみたい。

こうしてあの焼ミカンを諦めた私は、一生あの味の焼ミカンを食べることはないと思っていました。

ケガの功名

五十肩になり、鍼灸院で治療を受けるようになって、東洋医学の考え方を知りたいと思うようになりました。

そんな時、YouTubeで焼ミカンを紹介している動画を見付けました。

だらに

焼ミカンにLet’s try.です。

そして出来上がった焼ミカンは、ひいばあちゃんの焼ミカンでした。

だらに

コレコレ!ひいばあちゃんの焼ミカンの味♪

私の味覚が鈍ったってことは…ないよね。

もう一生食べることはないと思っていたひいばあちゃんの焼ミカンと、再び出会うことができました。

だらに

五十肩になったお陰…とも言えますね。

夫とミカン

今年の我が家はミカンの減りが少ないですが、1箱10kg入りのミカンを、一冬に3箱ほど食べていた年もありました。

いろんな地域のミカンを、ネット注文している夫をみて…

だらに

「食べ比べでもしているのかな?」と思っていました。

夫は、思い出のミカンと同じ味のミカンを求めていたようです。

私がひいばあちゃんの焼ミカンを忘れられないように、夫も子どもの頃の味が忘れられないんだなぁ~と思いました。

あなたの思い出の味は、何ですか?

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