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【思い出】このごろ思い出すのは『出産』のこと。この本を読んでいるから!?

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友達に教えてもらった『介護の本』を図書館で予約して、読みました。

その本を書かれたのは、カータンさん

ご自身の体験をブログに綴り、それが本になったんだそうです。

どの本も面白いですよ♪

介護の本2冊を読み、今はカータンさんが最初に出版された本を読んでいます。

カータンさんは、「第2子出産の経験を発信したい。」という思いでブログを始められたそうです。

カータンさんの本を読んでいて、私自身の出産を思い出しました。

今日は、私の出産時のお話しをしたいと思います。

もくじ

カータンさんの本を読むきっかけとなったのが、カータンさんのご両親の介護について書かれた本でした。

介護の本の2冊目が出てすぐだったようで、図書館で予約してもなかなか借りることができませんでした。

だから介護の本の1冊目から順番に読むことができたので、かえって良かったですね。

健康以下、介護未満 親のトリセツ』では、日々の出来事を面白く伝えてくださっていますが、冷静に考えると…

「私は親に、こんなに優しくできるかしら…」

そんな風に思いながら、それでも楽しく読めました。

ときにはホロッとする場面もあり、自分の親の介護が始まる前に読むことができて良かったです。

自分自身のためにも、散歩が大切だと思いました。

2冊目の『お母さんは認知症、お父さんは老人ホーム  介護ど真ん中!親のトリセツ』は、今年の2月に発売だったそうです。

私が図書館で予約したのは発売から半年以上が経ってからでしたが、予約してから順番が来るまでに1ヵ月以上待ったので、ずいぶん人気の本だと分かりました。

1冊目の本では、時間がゆっくり流れていく感じがしました。

2冊目は展開が早く、こんなに急に悪くなるものなのかと不安になりました。

そして、エピローグでは号泣でした。

「こんなことが起こるなんて…」と

自分の思い込みに、怖さすら感じるお話しでした。

親が高齢になり、介護の問題が身近になる私たちの世代は、この本が参考になると思います。

最初にも書きましたが、カータンさんがブログを始められたのは『出産の経験を発信したい。」と思ったから。

だけど最初の記事は、『花より男子』の松潤ネタだったそうです。

あたし・主婦の頭の中』では主に、

カータンさんの子供の頃の話、

CA時代の話が描かれていました。

面白い語り口調と、CA時代から書かれていたというマンガで、スイスイ読めちゃいます。

時には涙が出る話も、ありましたよ。

カータンさんの最初の本『あたし・主婦の頭の中 』で、出産の話はいつ出てくるの⁉

すっかり出産話の存在を忘れかけた巻末、『私の出産武勇伝』というタイトルでカータンさんの出産話がやってきます。

ほとんどイラストのない、文字だらけの30ページ。

カータンさんの不安を思うと涙がでます。

無事出産できたお子さんとの対面の場面も、泣いてしまいました。

だらに→『長男』の時の、妊娠・出産。

私が長男を妊娠したのは、結婚から2年半を超えた頃でした。

「なかなか妊娠できないけど、不妊治療に踏み切るのは怖い。」

ウジウジ悩んでいたころ、妊娠が分かりました。

おなかが空くと気持ちが悪い。

食べていないと吐きそう。

そんな食いツワリを乗り越え、胎動が始まり、順調に妊娠期間が進んでいきます。

里帰り出産のために、実家近くの産院に転院するまでは穏やかな妊婦生活でした。

胎動がある頃はお腹の中の赤ちゃんと、ポンポンと合図を送りあって遊びました。

自宅近くの産婦人科では特に注意されることもなく、変わらぬ日常が続きました。

ところが…

出産のために転院した実家近くの産院では、体重の増え過ぎを指摘され、厳しく減量を言い渡されました。

定期検診のたびに、体重の増加について厳しく注意されます。

食生活を節制して、運動もがんばっているのに体重が落ちない。

そんなに体重が増えているとも思わなかったし、まさか出産直前にこんなに厳しいダイエットをするなんて夢にも思いませんでした。

出産予定日翌日の夜中におしるしがあり、間隔の長い陣痛が始まります。

以降、教科書通りの経過をたどり、陣痛が10分間隔になったので連絡してから産院に向かいます。

産院に到着すると、医師からこう言われました。

「まだ子宮口が堅いから、一度、家に帰って。痛みに我慢できなくなったら、また来て。」

帰り道では、たい焼きを買って、

実家で夕食を食べ、

お風呂に入って…

「もう我慢できない。病院に連れて行って。」

両親の車で産院に向かうも、産院の目前で渋滞にかかり、なかなか前に進めません。

「ヒッヒッフ~、ヒッヒッフ~。」

ラマーズ法で痛みを逃します。

産院では、分娩台まで歩きました。

今思うと、「歩かされました。」になりますけど…

途中痛みで歩けなくなり、分娩室前でうずくまり、陣痛の波が過ぎていくのを待ちました。

その横を、授乳にいくお母さんたちが通り過ぎていきます。

やっとの思いで分娩台に乗ると…

「あら、もう全開だわ。先生が来るまで産まないでね。」

「産み方も分からないけど、止め方も分かりませんけど…」って思いましたよ。

ヒッヒッフ~、ヒッヒッフ~。

ラマーズ法で痛みを逃し、医師の到着と同時に出産が始まります。

「頭が見えてるよ。もう少しだけいきんで。」

少しだけ、いきむ。

また少しだけ、いきむ。

それでも子どもは出てきません。

「もう少しだけ、強めにいきんで。」

吐く息とともに、少しだけ強めにいきんで。

もうちょっとだけ、強めにいきんで。

「なかなか出てこないねぇ~。」

これがカブなら、おじいさんとおばあさんと孫娘と犬と猫が応援にきているころですよ。

母は一人でがんばっておりま~す。

「なんで出てこないんだろうね~。」

「あ~、こりゃあ出てこないわ。」

「産声は?泣かないの⁉」

そう思っていたら、泣きました。

生まれたままのドロドロで、胸の近くにやってきた赤ちゃん。

「亡くなったお祖父ちゃんに似てる。」

お祖父ちゃんに似てると思ったのはこの時だけ、今は全然似ていないです(笑

医師から聞いた、ナカナカ出てこなかった理由は…

「へその緒が、首にも腕にも指にも絡んでいて、ちょっと危険な状態でした。赤ちゃんにも、相当ストレスがかかっていたと思います。」

無事に生まれてきてくれて良かった。

へその緒が絡んだ原因には、心当たりがありました。

「胎動が始まった頃、お腹の中の赤ちゃんとポンポン合図を送りあって遊んだのが良くなかったんだ。

ごめんね、長男ちゃん。」

後産を終えて分娩室で横になっていると、助産婦さんがやってきて会陰切開の傷の確認をされました。

「ここ、痛くない⁉」

傷を触られて…

「え!? 痛くないです。

…いや、段々痛くなってきました。」

会陰切開の傷跡に、どういう訳か血がたまり、かなり腫れているとのこと。

「このままにしていたらどんどん痛くなってくるわ。先生を呼んできますね。」

と、医師を呼んできてくれましたが、

「ほっておいても、その内治るのに…」

仮眠中を起こされて、少々不機嫌な医師が登場します。

抜いてくれた血のかたまりを、「ほら、こんなに血が溜まっていたのよ。」と助産師さんが見せてくれた後、助産師さんは退場しました。

不機嫌な医師が、再び傷跡を縫ってくれます。

「産後すぐの縫合の時には、麻酔はしないのかしら⁉」

産後すぐの縫合の時には麻酔をした記憶も、縫合が痛かった記憶もないのですが、今回はめっちゃ痛い。

麻酔を打ったはずなのに、めっちゃくちゃ痛い。

「痛いですよね~。半分縫えたので、あと半分ですよ。」

「もうすぐ麻酔が効いてきますよ~。」

「え~!!麻酔が効くまで、縫うの待ってよ~」

そう思った瞬間、意識がなくなりました。

きっと麻酔が効いたんでしょうね。

もう少し待っていて欲しかったです。

翌日、授乳室に授乳に行くと、先輩のお母さんに話かけられました。

「昨日、出産だった人?」

「あぁ、あの!分娩室の前でうずくまっていた人かぁ!」

「子宮口全開で歩いていたんだから、仕方ないじゃない(^^;」と思いましたが、言いませんでした(^^;

ちょっと悔しかった記憶もありますよ(^^;

だらに→『次男』の時の、妊娠・出産。

なかなか妊娠しなかった長男の時とは対照的に、次男はあっさり妊娠しました。

ところが妊娠6か月になった頃、『切迫早産』と診断され、入院生活に入ります。

24時間、張り止めの点滴と一緒。

トイレ以外は、ベッドでの安静生活が始まりました。

お腹はよく張るものの、私自身に緊迫感はありませんでした。

「よく動く赤ちゃんでしたので。」

胎動はいつも激しくて、お腹から三角すいのようなものがニョキって出てきます。

「きっと、かかとよね。」

お腹の中で思い切り伸びをした時の、赤ちゃんのかかとが痛くて。

心音を聞くためのドップラーを看護師さんがおなかに当てると、ピッタリそのドップラーを蹴ったりする面白い子でした。

だけど、

どんなに胎動があっても、長男の時の教訓を生かして、赤ちゃんと遊ぶことはしませんでした。

長男の時のように、へその緒が巻き付いてしまったら大変ですからね。

もう一つしなかったのは、食べ物をガマンしないこと。

長男の時に、どんなにダイエットしても体重が落ちなかったのはストレスが原因だと思っていました。

安静生活で動くことはできない。

だけど、このうえストレスまで溜めてしまっては…

また太ってしまうと考えて、食後にドレミソングチョコレートをひとつだけ、毎日食べることでストレスを軽減しました。

状態が安定してシャワーを浴びれるようになると、嬉しかったですね。

ただ、

シャワー中に点滴のチューブが途中で外れて浴室が血だらけになったり、

血管が弱って、点滴の針がさせる場所がなくなったりと、

入院生活が長くなるにつれ、ビックリすることも時々出てきましたが、

おおむね、穏やかな入院生活でした。

胎児が大きくなって、いつ生まれても大丈夫になってくると、安静にしておく必要はなくなります。

実家に帰って、出産の準備です。

長男を出産した産院に転院しました。

また体重で怒られるのかと思ったら…

今度はまったく、なにも言われませんでした。

前回の体重と変わらなかったのに、不思議ですよね(^^;

長男の時にスムーズに出産が進んだこともあって、次男の時には「陣痛が始まったら早めに産院に来るように。」と言われていました。

出産予定日の1週間前のお昼頃、わずかに陣痛を感じました。

お昼ご飯を食べ終わる頃には、はっきり陣痛だと分かるほどになっていました。

産院に電話して、前回の出産経過を伝えると…

「すぐに来てください。」とのことで、産院に向かいます。

分娩台に乗ると、

そのまま出産に入ります。

陣痛室を使わない妊婦(笑

子宮口全開ではなかったものの、次男が生まれてくるまでにそんなに時間はかかりませんでした。

「頭が見えてるよ。もう少しだけいきんで。」

「もう少しだけ強めにいきんで。」

長男の時とほとんど同じ経過をたどります。

だから、ちょっと強めにいきんだら…

竹鉄砲の球がポーンと飛び出したような感覚の後に、

私の体がブルブルブルッと震え、

同時に助産師さんが「うわぁ~!」と叫びました。

思わず、

「落とさないで!」

と、思っている私がいました。

幸い助産師さんが無事キャッチしてくれて、私の胸の近くまでやってきた次男。

あら、大きな頭の子。

大きな頭が出ちゃったから、小さな体も一緒に、一気に出ちゃったみたいです。

私の体がブルブルッとしたのは、出産時の回旋のせいかなぁ~と思いました。

長男の時には後産も軽く済み、産後の痛みは縫い直しの記憶以外なかったのですが…

次男の時には後産が痛くて、

その後の子宮の収縮も、かなりツラかったです。

授乳の時に、次男のかかとも確認しましたよ。

「次男ちゃん、このかかとが痛かったのよ~。」

次男のかかとに見覚えがあって、笑っちゃいました。

無事に成長してくれて、ありがとう。

無事に生まれてきてくれて、元気に成長してくれて、ありがとう。

今までそれなりにいろいろあったけど、君たちが小さかった頃に心配していたことのほとんどは起きなかったか、解決できましたね。

これからも、いろいろあるんだろうけど…

君たちなら、きっと大丈夫。

私は君たちを信じています。

これまでありがとう♡

これからもよろしくね♪

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